悲しみを乗り越えるために
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あるコミュニケーション (老人と幼児と)

Posted by 未来創想プラザ代表 on 2010 年 8 月 23 日 under 雑記 | 最初のコメントを書く


今日は「処暑」だそうです。

朝の散歩で,ふと気がつくと、蝉しぐれが聞こえません。
あれだけ「うるさい」「暑い」とセミたちに文句を言っていましたが、
消えてしまうと,少し寂しい気がします。

セミたちも短い命を終わったのだと・・・・


8.18毎日新聞 「介護のコトバ」 三好春樹

「ぬれたオムツ」より   

前略
オムツを当てられた老人は、尿が出ていても、決められたおむつ交換の時間まで
待っていなければならなかった。その屈辱感から認知症になった人も多いはずである。
(中略)
実際にオムツをつけて排尿してみるといい。確かに不快感は少ないが屈辱感に変わりはない。
「単価は高いが不快感の少ないオムツを使ってオムツ交換の回数を減らし、残った時間で老人との
コミュニケーションを大事にしています」なんて堂々と発表する老人施設が現れるようになった。
(中略)
それより、老人の体の内部からの尿意、便意、皮膚感覚という声に耳を傾け、トイレに案内し、
おむつを替えることこそ最も大切なコミュニケーションではないだろうか。


「家計に響くけれど、紙オムツにして、布オムツを洗う時間を子どもと遊ぶ時間にしています」
「濡れてもサラッとしているから、2,3回は大丈夫。
オムツを取り替える時間を節約して子どもとのコミュニケーションを多くしています」と
堂々と言い放つ母親がいるような気がしてなりません。

私が子育てをしていた頃は(いつかは秘密です)まだ、紙おむつが普及し始めた頃で、とても高かったです。
それもあって、布オムツ派と紙オムツ派は半々くらいでしたか。
そのころには「もうオムツが外れた?」とか「うちは、まだ」という母親同士の会話もありました。
今は、ないのでしょうね。
いつ外れても、構わない?、母親が困らないから?・・・

排尿・排便を自立することは子供にとって、とても大切な成長だと思うのは頭が古いからでしょうか?
かつて、「小学校入学までオムツをしている子はいないから、べつにいいのでは?」と言っていた私の友だちは
今、「5才になってもオムツの中でないと排便できない子どもがいる」 と聞いたらなんというかしら・・



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