第6期 「悲嘆」について学ぶ (13)
JR塚口まで通うのにもすっかり慣れました。
駅前からシャトルバスが出ているのですが、乗り合わせるのもだいたい同じ方だなと
周りを見る余裕も出てきました。
塚口駅付近には森永製菓の大きな工場があって、時々甘い香りがしてくるそうです。
テーマ: この別れ、かの再会、その文化
講 師: 藤井義博先生(藤女子大学副学長・教授)
藤女子大学というのは、北海道唯一の女子大だそうです。
「歌手の中島みゆきさんの母校です」と紹介されました。
今回のお話は、まず、
●草木塔のこと
「私は、日本に仏教が入って「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」
というような思想ができたのは、もともと日本には草や木に生きた神を見る思想があったからだと思う。」
梅原猛の草木塔碑文より
日本人が大切にしてきた自然とのつながりを草木塔にみることができます。
●良寛禅師戒語のこと
良寛さんは「人のかほを見てものいふ」ことを戒めた・・・なぜ?
一方で「人の(かほ)いろをみずしていふ」ことも戒めた・・・
つまり、大衆に向かって話すときには目を見て話す必要があるが、
傾聴をするときには、顔色や様子をみなさいということ
●アンブロワーズ・パレのこと
●安藤昌益のこと
最期に
●ルドルフ・シェーンハイマーのこと
「体構成成分の動的な平衡状態の概念」
体を構成するすべての組織と細胞を形作っている分子は、
全て常に分解され、摂取した植物の分子と置き換えられ、
更新され続けている。
置き換わる分子の「流れ」が「いのち」の姿なのかもしれない。
流れに加えて、方向性を示さなければ「いのち」とはならないのではないか。
「いのち」とは何か?
根源的な問に対してどう答えますか?
「いのち」が息をしているだけのことを意味するものではないと考えると、
さらに問題は複雑化してしまうような気がします。
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