第6期「悲嘆」について学ぶ (12)
階段教室にピアノとフルートの曲が流れます。
講演の最初と最後に音楽療法として、日野原先生の散文詩が音楽に合わせて先生自身によって朗読されました。
テーマ: 「愛する人を喪くした人の悲しみのパターンとその救い」
講 師: 日野原茂明先生 (聖路加国際病院理事長・名誉院長)
2年前に初めて日野原先生の講演を聞きました。
その時は、場所を移動しながら、パワーポイントをレーザーポインターで指し示しながら
お話でした。
さすがに、御年99歳(10月4日で)の今回は動きまわることはありませんでしたが、
全体としてはむしろ、パワーアップした感がありました。
すごいですね!!
話は時にそれても、ちゃんと主題に戻って話が続きます。
頭脳明晰
時にはユーモラスに語り、聴衆を飽きさせない。
先生は22歳の時(もちろん戦前)結核で8ヶ月間の絶対安静という経験をされました。
「そのつらい経験によって、臨床医となったときに患者に寄り添っていくことができた。
それはまさに神の試練であり、恩寵である」
以下、講演の中で、紹介された文章をご紹介します。
アブラハム・リンカーン(アメリカ合衆国第16代大統領・3人の幼い息子を亡くしています)
私たちが住んでいるこの悲しみに満ちた世界にあっては、悲しまない人など一人もいません。
悲しいときには、胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。その苦しみは、時を待たねば、
完全に消え去りません。やがてはいつの日か心の晴れるときが来ようとは、
いまは夢にも思えないことでしょう。けれど、それは思い違いというものです。
あなたは、きっとまた幸せになれます。この確かな真実がおわかりになれば、
今のみじめな気持ちが少しは和らぐはずです。私は自分自身の体験から申しているのです。
マルクス・アウレリウス(121-180)「自省録」神谷美恵子訳
つかの間、自然の摂理に身を委ね
静かに旅の終りを迎えるがよい
オリーブの実が熟して落ちる時
支え続けた枝を祝し、いのちを受けた幹に
感謝をするように
神谷美恵子「残る日々」の一部
不思議な病を与えられ
もう余り生きる日の少なきを知れば
人は一日一日を奇跡のように頂く
ありうべからざる生として
まだ緑も花も見ることができ
まだ蓮の花咲く池のほとりをめぐり
野鳥の森の朝のさわやかさを
味わえるこの不思議さよ
国立がんセンター名誉総長柿添氏の手記を手にとって、
「妻を看取る日」
自らがグリーフケアをして再起したとお話でした。
読んでみようと思います。











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